





▼寄り道
古代オリンピックは必ずしもオリンピアだけが 発祥の地と言うことではなさそうです。定説は 記録に残る紀元前776年を第1回としています が、それまでにもギリシャには“4大大祭”があ ったようです。
①オリンピア②イストモ(コリントス運河の近く) ③ネメア④デルフィ-です。今やオリンピックは オリンピアが起源となっていますが、発祥の説 からしてさまざまですから、当てにはなりません。
今更、ジジがいくら力説しても仕方のないこと ですが、古代の競技大会は他にもあり、一説に はオリンピアやそれに関わる人たちが、オリンピ ア起源説を広めたという話さえあります。
オリンピック発祥の地と位置づけられ、聖火の 採火式もヘラ神殿跡で行われます。凹面鏡に太 陽光を受けて発火させるのは、古代ギリシャの 神に仕える女性の衣装をまとったギリシャ女性 です。
オリンピックの聖火リレーは、大昔からのように 思われていますが、ごく近代の話です。聖火その ものは、ギリシャ神話のプメラウスがゼウスのもと から火を盗み、人々に伝えたという神話がありま す。古代オリンピックでは競技期間中にその火が ともされ続けたそうです。
近代オリンピックで聖火がともされたのは、192 8年のアムステルダム五輪が最初です。聖火リレ ーは1936年のベルリン大会からでした。一説に は聖火リレーをナチが利用し、リレーしながら各国 の情勢を探った、などと言う話まであります。
純粋に「火を運んだ」と言うより、盛り上げのイベ ントとして、その後盛んになりました。
オリンピックが商業化、イベント化するにつれて 、聖火リレーも開催国の宣伝と盛り上げの道具とし てと切り離せないものになっています。






写真右上=競技場へのゲート、中=採火式の行われる神殿跡、下=ヘラ神殿




オリンピアは遺跡の周辺に小さな村があります。観光客は遺跡に近いホテルへ泊まりますが、周囲の村々は山の斜面にへばりつくように家が建てられています。
07年夏の大火で写真の村も壊滅状態でしょう。遺跡は何とか延焼を免れたようですが、山中の村は消火設備も、水も乏しいので燃えさかる山火事に対抗しようもありません。
オリンピアにはオリンピック博物館=左=があり、遺跡で発掘されたものが保管・展示されています。2004年のアテネ大会の前に、博物館も改修されました。この写真は改修前のひっそりとした時代のものです。
オリンピックは地域を一気に開発します。忘れられかけていたものも、急に脚光を浴びたりします。オリンピックが終わった翌年、アテネ市内の幾つもの施設には、早くも草が生え、全く使われていないのを見ました。
工事もオリンピックに間に合わず、そのまま終わっているところもありました。宴の後を見て回るもの好きはそうはいないのでしょう。宛名からのレポートは大火災くらいしか目につきません。
