


スパルタから西へ、峠を越えて70㌔ほどでメッシニ湾の奥、カラマタの町に着きます。北へのルートを取り、10㌔も走らないうちにメッシーニへの標識がありました。ギリシャでは史跡・遺跡などを示す赤茶地に白抜きの文字の表示があるので地理的な刷り込みはなくても、注意して運転していれば、だいたいは分かります。
それでも、特有の“いい加減さ”もあり、途中で標示がなくなり、人家も見当たらず、カン任せの走行もたびたびです。あまり神経質になってもギリシャのドライブは続きません。疲れるばかりですから、ここは脳天気がいいのです。
メッシーニの遺跡の大きさには驚きました。イトミの村のすぐ下にある遺跡だけかと思っていたのですが、ジジ・ババ持ち前の好奇心で「もう少し向こうの方にも行ってみるか」となって、2度びっくりです。イトミの村の下は立派な古い遺跡で、あちこちが掘り返されていましたが、こちらは凄い石積みがありました。←
→ 到底、抱えきれないほどの大石が見事に整形されて城門や城壁を形作っていたのです。西門、東門があり、城壁の周囲は9.5㌔にも達すると説明にありました。
どうやって運び、どうやって積み上げたのか、とにかく立派です。設計した人の能力も素晴らしいものがあります。今さらジジ・ババが感激して、どうということはないのですが、観光ルートから遠く離れ、交通も不便で大型バスは入るのが難しい道の先ですから、日本から行った人はそう多くはないようです。
ババが以前、インターネットにここへの旅をを書いたとき、九州の大学教授から電話があり「イトミではなく、メッシーニと言うんです」と注意を受けました。イトミにあるからイトミだと思っていたのですが、東京を江戸と呼ばなければならないような世界もあるのでしょう。
ジジにとっては凄い遺跡を見たことで満足ですが、イトミ村に泊まったときにも驚きがありました。村人たちが“民主主義の原点”を実戦していたのです。ポリスの伝統でしょうか。長くなるので後で“寄り道”に書きます。


見事な城門が遺っ残っていました。当然、部分的には崩れいます。野生の小さなシクラメンが花を咲かせていました。

古代のゲートをレンタカーで通過しました。太い石柱は何とか折れずに石に支えられていました。





▼寄り道
イトミ村に泊まった時のことです。夕方、マイクでなにやら呼びかける車が走っていました。
夜になって人が広場にやってきました。広場には半円形の古代のアゴラ(会議場)のような階段がありました。集まってきた人は、その階段に座ります。座れない人は広場に立っています。何が始まるのか、宿の窓から見ていたのです。
司会者のような人がなにやら話します。それに対して、階段に座った男たちが話します。論議は長く続きました。
皆、よく発言します。日本の寄り合いでは、数人が意見を出すだけで、何となくシャンシャンで終わりますが、イトミの村では激論でした。なんだか古代の直接民主主義の伝統が息づいているようにさえ思いました。
照明ではなく月明かりだったらもっと素晴らしかったと思うのは、旅人の勝手な言い分です。村の人はブドウの収穫に忙しく仕事をした後、、夜は話し合いです。タフでなければ勤まらないと思うのですが、強い太陽を避け、昼寝を3時間もするので、余計なお世話というものです。


水場は村の人皆が集まってきます。乾いた土地なので、ひんやりとした湧き水は貴重です。樹木があり陰を作るので、誰でも心が和み、ホッと出来る最高の場所です。



左は劇場跡だと思います。集会場の遺跡はこの近くに立派なものがありました。右は競技場です。
▼寄り道
二度目にメッシーニへ行ったとき(2004年)遺跡の中にテントが張られていました。どこかEU圏内に住む人でしょう、そのテントの下で何かを見ていました。もちろん、ジジ・ババはそこへ直行しました。
最初に来たときには無かったモザイクがあります。それも、男女が手をつなぎ、男の方は動物の頭みたいなものを持っています。左下の動物は犬なのでしょうか、それとも獲物なのでしょうか。→

→ この遺跡ではどうやら初めて見つかったモザイクのように思いました。学者でも研究者でもない、ただの好き者ですから、以前に見つかっていたとしても、どうということはありません。
キプロスの「ディオニソスの館」には、たっぷりとモザイクがあり、ディオニソスも描かれているので、有名になりました。海に近い平らな所なので、出水や崩壊を免れたのでしょう。山の斜面がちょっと緩くなった場所に建設されたメッシーニのポリスは、長い間、放置されていてかなり浸食も受けています。
このモザイクを見たとき、どのくらい貴重なものか分かりませんでした。でも、古代、メッシーニに住んだ人が、どんな生活をしていたかの、一部はこれで分かるのでしょう。研究とはそういうもの、などと思うこともあります。「研究者になればよかったかな」とつぶやく。
「それは無理でしょう」とババは即座に言います。自分勝手な「言いたい放題」「やりたい放題」「それっきり人間」のジジが、封建的で教授が絶対権力を握る研究室などに、例え入れたとしても、続く訳がないのです。かくして、無駄道中、ではありますが、本人は満足して見物しているのです。








想像図
メッシーニの城壁は周囲9.5㌔、古代では最大といわれます。城壁を作った石は、すぐ背後のイトミ山から切り出されたものです。
紀元前4世紀、今から2400年以上も前の、人々の凄さを思います。爽快な秋晴れで、素晴らしくいい旅でした。
遺跡は整備が進められ、3度目に訪れた時には、出入り自由だった移籍の中心部には、金網のフェンスで、遺跡全体を大きく囲っていました。 村に近い場所にはゲートが設けられ、管理人詰め所・チケット売り場も出来ていました。2013年には料金が徴収されているかも知れません。下は整備された競技場跡。なんだか魅力が減った気がします。 ギリシャの金融危機は慢性化していて、デモ、ストライキなどが頻発したため、観光客も激減しています。ギリシャの海や移籍を経はここ3年ほど行っていません。レンタカーの旅なので、デモやストに遭うと酷いことになりそうなので止めているのです。おかげでアルプスやクロアチアの旅ができました。早くギリシャが安定することを願うところです。 |