積丹の海

夏の積丹半島

+北海道の短い夏は今が本番!学校も夏休みに入り全国からの観光客はもとより短い夏を精一杯謳歌しようと道内の人たちの移動も多く、観光地は人でどこもいっぱいだ。

北海道らしい風景といえば緑の絨毯を敷きつめたような牧場、パッチワーク模様に彩りされた畑、ポピーやラベンダーに代表される色とりどりの花々、神秘的な湖、原生林など広々とした美しい世界を思う。

もちろんその通りなのだが、今回は日本海の海岸線を辿り、華やかな観光地は少ないが海の魅力と日本海の自然とそこに住む人々の生活やとびきりうまいものを紹介したいと思う。その一回目として積丹半島から夏のたよりをお届けします。

<コース>

千歳空港-(道央自動車道・札樽自動車道)-小樽市-(国道229号線)-余市町-古平町-積丹町-余別-神威岬

全行程 約120km

千歳空港から小樽まで約40km、積丹半島の起点ともなる小樽市へ高速道路で一気に走る。観光地小樽を素通りするのはやはり心残りであるので駆け足で訪れた。

●小樽運河とその周辺

明治のはじめころから商業港湾都市として栄えた小樽市には往時の繁栄ぶりを今に残す建造物が多い。とくに運河周辺や色内一帯には問屋、倉庫、銀行など多くが現存している。

ルネッサンス洋式の日本銀行小樽支店、旧日本郵船小樽支店やギリシャ様式の旧安田銀行小樽支店、旧北海道銀行本店などや石造り、レンガ造りの倉庫群といった重厚な建造物が建ち並び、明治時代の雰囲気を残している。

小樽運河

運河沿いの倉庫群の中は土産物店、レストランなどがびっしりと並び、昔を演出したインテリアや商品などが多く、目を楽しませてくれる。また明治・大正に活躍した人力車が観光客の人気を集めていた。

きれいに整備された運河や華やかな倉庫群に、昔の“倉庫”を知る人には別の世界に思えてしまうかもしれない。 ちょっと寂しい話しだが、石原裕次郎の記念館が2021年に閉館となった。“裕チャン”が好きだった小樽の町にゆかりの品などを展示してあったが、世の中もファンも変わったことから、三枝夫人が閉館を決めたという。

●ガラスの街小樽

運河の街小樽は明治・大正ロマンとともにガラスの街としても有名だ。

明治24年に建てられた木骨石造倉庫を利用したガラス店を中心に「北一硝子」が堺町本通りに十数軒あり、クリスタル館、ランプホール、ヴェネツィア美術館などのテーマがある。美術工芸品から日用品、おもちゃ、置物などなんでもある。

倉庫内の店

小樽の夏、どこへ行っても涼しげなガラスの数々の作品に会えるし、手に入れることができる。

○旧青山別邸

小樽市から国道454号線を北へ3kmほどの祝津港の近くにある贅を尽くした豪邸は大正時代の鰊漁の大漁にわいた祝津の鰊漁の茨木家、白鳥家、青山家といわれた「三大親方」のひとつ青山家の別邸だ。

当時、新宿の伊勢丹デパートの建築費が50万円だった頃、31万円もかけたという。庶民に置き換えてみると家一軒が100円で建てられたというから凄い。

青山嘉左ヱ門は秋田県酒田の豪商「本間家」に魅せられ本間家を建てた大工を呼び寄せ、建築材は日本各地はもとよりインドのビャクダンで欄間まで作らせた。

山岡鉄舟筆の屏風や狩野派によるふすま絵など日本画の巨匠による書など建物すべてが美術品ともいえる。

老朽化した建物を1年間かけて修復工事したあと平成元年に一般公開された。

青木別邸(祝津)
茨木家の番所
白鳥家の番所

●余市

小樽から国道229号線辿って約20km。広い砂浜の海岸を持つ余市は、いま海水浴客で賑わっている。

○ニッカウヰスキー工場

ニッカ余市工場

正確には北海道工場余市蒸留所という。広い公園のような敷地にさまざまな建物がありウイスキーの原酒ができる工程やニッカウヰスキーの歴史などを紹介している。昭和の初期に建てられた事務所やレンガ造りの貯蔵庫、乾燥棟などレトロ風の雰囲気がある。

ウイスキーやワインの試飲ができ、ガイド付きの見学も希望できる。料金は一般見学を含め無料。

レストランやティールームもある。ここにしかないウイスキーの原酒も買うことができる。

●旧余市福原漁場

余市の国道に面したところに江戸時代から鰊の千石場所としてその名を知られ、明治時代に入ってますます盛んになった鰊漁で、海岸沿いには大きな番家が立ち並んだ。

この余市にも16軒もあったがその一つが残っている。昭和58年から文化庁の補助により保存修理され、一般公開されている。

余市・福原番屋の倉
(板張りの中は漆喰)
やん衆の集う番屋の部屋

現存するこの番家は余市の中でも小さいものだというが、50人ほどのやん衆が寝泊まりしたといわれる板張りの大広間に土間をはさんで主人家族が住んだ居住部屋が一棟あり、その他、道具を入れた建物、蔵、広い敷地の鰊の干場がある。番家はどんな立派なものでも建物とその間取りは全く同じだったそうだ。

ボランティア(地元のお年寄り)が丁寧に説明してくれる。

●積丹半島

半島の付け根、余市を過ぎるとしばらく海から離れるが、やがて国道229号線は奇岩の続く岩礁の海に出会う通学の高校生などが乗ったバスが、トンネル内で崩にのあう大事件。豊浜トンネルを通る。古平に通じる長いトンネルはいまは何事もなかったように修復され多くの車が行き交っていた。トンネルの古平町側の出口の海沿いは立派な公園となり慰霊碑が建っていた。誰が手向けたか花と線香が海風を受けて揺れていた。

ローソク岩
道路沿いにこんな岩も…

トンネルを抜けると幾つかの小さな岩礁の岬が次々と現れ、それぞれが見事な造形美を見せてくれる。美国のシンボル宝島やゴメ島の浮かぶ黄金岬をあとに国道はいったん山へと入る。

●島武意(しまむい)海岸と神威岩

再び海に出会い右折すると積丹岬の島武意(しまむい)海岸だ。明治28年に開通した暗いトンネルは鰊を背負い干場へと運んだところ。人の背丈より高いが、狭く長い。そのトンネルを抜けると積丹ブルーの海が飛び込んでくる。

「日本の渚百選」に選ばれたこの浜へは急な道を下る。このあたりには遊歩道もあり、頼朝に追われた義経とアイヌの娘シララの悲恋の伝説を持つ“女郎子岩”など自然の造形美を堪能できる。

渚百景の一つ、島武意海岸
海からの神威岩

国道をそのまま左折すると、乙女の化身とも言われる「神威岩」はもうすぐだ。国道脇の駐車場から岬へは徒歩で約20分、切り立った岩壁の尾根に続く小道から日本海の雄大な眺めが楽しめる。日本海で最大の難所といわれた岬にはここでも義経を追って身を投げたアイヌの娘チャレンカの恨み伝説がある。

神威岬から望む神威岩と日本海
神威岬の南にある窓岩を
海から眺める

「和人の船に婦女を乗せてここを通ること、すなわち覆沈せん」という言葉を残して海へ身を投げた。その姿は神威岩となって以来、女性を乗せた船が通ると必ず転覆したため、神威岬は長い間女人禁制だった。

積丹半島の西の付け根、岩内町までは7年前に国道が開通して以来積丹を訪れる観光客が増えたが、道路の開通とともにこの自然の宝庫積丹半島には滞在する人はめっきり少なくなったという。

海水浴ができるわずかな砂浜は道内の人たちがキャンプを楽しんでいるが、多くの観光客は風景を眺めるだけのドライブで、せっかくの大自然の恵みも謳歌せずに走り去っていく、と地元の人は嘆いていた。

知床を思わせる海へ落ちる滝
岬の湯・しゃこたん

積丹町には日本海を一望出来る野天風呂を持つ“岬の湯 しゃこたん”がある。夕日が沈む日本海を、肩までどっぷりと湯につかって眺めるのは最高の気分。野天風呂は男女別で、共に日本海側が開けていて、崖の上なので、日没の海の眺めを遮るモノもなし。どちらかというと日本の温泉地は野天風呂でも、女性用の湯は“冷遇”されがちだが、ここではそれがない。

観光客は殆ど見かけず、地元の人専用の景色の素晴らしい銭湯と言って感じ。のんびりと入ることが出来る。

積丹の海と恵みレポート

●薄曇り 気温24度

神威岬に近い余別、「新生」という民宿の主人柴田幸信さんの船で釣りに出る。柴田さんは釣りの名手で積丹はもとより漁師や釣り名人の中でもよく知られた人だ。マグロ釣りの名人で遠くスペイン、ポルトガル政府に招かれてマグロの一本釣りを教えに行ったり、ハワイのプロたちにもその腕を見込まれて手ほどきを頼まれるという。彼が漁場に出たら手ぶらで帰ってくることはないのだ。

「今日はタラを釣ろう。それもとびきり大きい奴を・・・」タラといえば冬の魚だと思ったが、「たらこ」を持たない夏のタラはうまいのだという。いまは夏、漁場には数はいないが、柴田さんはそれを釣るのだという。

漁港を出て間もなく船酔いの苦しみを味わったが、1時間ほどでタラの漁場に着いた。40mほどの深海に糸をたれると間もなく竿が大きくしなった。電動リールを巻くと、見たこともない大きな真ダラが海面に浮かんだ。体長70cm、重さ約15kgもある。獲物がかかる度に苦しい船酔いも忘れるのだから不思議だ。

大きなヒラメを釣った柴田さん

午後からは「ヒラメ」を目標に神威岬の沖に出る。たった2時間の間に目的のヒラメを5匹、しかもその一匹は6kgもあるとてつもなく大きなヒラメだった。

昆布のダシにタラとネギ、トウフの入った郷土料理“三平汁”、ヒラメのサシミ、とくに油ののったエンガワのコリッとした歯ごたえの新鮮なこと。

夜になると遠く近くでキタキツネの鳴き声を聞く。民宿周辺には2家族8匹のキタキツネがいるという。部屋の窓辺を2匹の子ギツネが通った。はじめは猫かと思ったが太いしっぽはキツネだ。夜風は冷たい。

積丹半島のキタキツネ
民宿・新生のウニ、ソイシャブなど

ウグイスの声で目覚めると、岩礁の浜ではウニとりの小舟が浮いていた。朝食が終わる頃隣家では一家総出でウニを殻から取り出していた。いまの季節は札幌あたりから生ウニ丼を目当てに遊びに来る人が多い。宿の夕食にも必ず生ウニがつく。

●曇り時々晴れ 気温27度

「今日はブリを釣りに行こう」と柴田さん。船酔いの苦しさを思うとちょっとためらったが、釣り上げた時の豪快さを思うと、もう用意して港に出向いていた。

太い竿を船の両脇から突きだして、海底40mの底に疑似餌を仕掛け船を流す。今年初めてのブリだという。エンジンの音を響かせながら船を操ること30分。ガッーン!という衝撃に竿を見ると、大きな白い竿が折れんばかりにしなっていた。

「きたっ!」と柴田さん。たぐり寄せる糸はゆるめたり引いたりと微妙な魚との駆け引きが続きやがて青く光った大きな魚が海面で踊る。夢中になる一瞬だ。揚がった魚は今年初の立派なブリだ。

「今年のブリはデカイ!」と柴田さん。体長80cmもあるような丸々と太ったブリである。突然漁師仲間から無線が入る。柴田さんの一挙手一投足を見つめている仲間の漁師たちからのものだ。

「ハハ、バレたか。あいつら、オレの船を望遠鏡で見ているのさ。嘘をつく訳にゃ行かないからな」と言って「オー、発ぶりが来たぜ。型は悪くねーよ」

初ブリが揚がった情報はすぐ伝わった。風が吹き荒れはじめた漁場に数艘の船が姿を見せた。

帰路、高くなった波に木の葉のように揺れる船。ひどい船酔いにもうダメ!と声をあげそうになったとき、さっきにも増して大きなブリが揚がった。

積丹半島の夕暮れ

「ブリは2日ほどねかせた方がうまい」といいながら、夕食のお膳にのったプリプリのブリは初めての味だった。