砂の広がりの中に、木が一本、干からびたような緑の葉を付けて生き延びていた。旅人はアカシア科のこの木を”テネレの木”と愛わしそうに呼んだ。
酔っ払ったリビア人の運転するトラックは、朦朧とした目に映った一本の木を目印に、砂の海を走り"目標”に激突した。
数千年、もしかして万年を超すテネレの砂嵐と強烈な太陽の下で、辛うじて生を、緑を代々受け継いで、たった一本、生き残った最後の木は、酔っ払いのトラックに、無残にも止めを刺された。1973年の出来事だった。
木の根は33㍍から35㍍も延び、地下水脈に達していて、生への執念を感じさせたと調査チームは報告した。木の残骸はニアメの国立博物館へ運ばれ、展示されている。
遅かった。テネレ砂漠から木が消え去ってから、その生命力を讃え、地中深く水を求めて延びた根が、見る人に感銘を与えようと、もう還っては来ない。
木のあった場所には、金属のポールが建てられ、少し離れたところには、昔からの深い井戸がある。干からびた木と草で作られた小屋が一個(戸)。時に訪れる人を相手に、どうやってか、生活の糧を稼いでいるようだった。
子供が二人。砂まみれで遊んでいた。逞しい母親は乳飲み子をかつての日本のように“おんぶ”していた。子供の位置は低く腰の上だが…。
“テネレの木”の話しは、年々風化し、立ち寄る人もいなくなるだろう。サハラの真ん中、砂漠の中の砂漠にあった、一本の木の物語は、間もなく忘れ去られていくのだろうか。
