ドライアップに気を付けろ

半世紀前のオーストラリア内陸を往く (別企画 アジアハイウエー)

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朝日に燃えるエアーズロック

シドニーでもタウンスビルでも、旅のルートを相談すると〝ドライアップ”という言葉が付きまとった。オーストラリアは極一部を除けば、大陸の殆どは〝奥地”だった。今はその逆で奥地が珍しくなった。

走行ルートと都市、右の表紙写真は我らのギャラン。旅したのは1971年だった

シドニーへ直行するカンタス航空で隣り合わせた中年のオジサンと何気ない話が切っ掛けで、オーストラリアをクルマで巡る旅を話した。興味深そうに、いろいろと質問して来たが、彼自身ある意味で〝冒険者”だった。

「マウントアイザへ行きます。鉱物の調査です」

「長い期間でしょうね」

「そうなりますか。さて、どうでしょうか。目的のものが見つかれば、そーですねー。ずっとこっちで暮らすでしょ」

中年オジサンはさりげなく言った。鉱山技師、もしかすろと一攫千金を狙う山師?

上の図は走行ルート。ざっと二ヶ月、2万㌔に及ぶ旅だった。

夢のある時代だった。当時人気の旅行雑誌「旅(1971年1月号)」に掲載の特集を復刻して掲載する。


オーストラリア(OZ)内陸部と“外周”の走行を「旅」の1972年1月と2月号に寄稿した。当時の誌面をスキャンし、写真(jpg)で保存したものを掲載する。雑誌の誌面そのものなので、当時の雰囲気や状況もそのまま伝わって来ると思う。

しかし,殆どの写真は散逸してしまい、一部掲載されたものを復刻・掲載した。お楽しみ下さい。

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突然、花畑が出現

これが砂漠か

2日前に記憶にない、と言う雨が降った。砂漠は突然、生き返った。芽が吹き出し、昼夜,育ち続け、2日、3日立つと花が咲いたという。

疎林にはオウム、インコの大群が飛び交った。信じられ無い光景とは、こういうことを言うのだろう。


OZ周回、内陸走行の続編です。1972年ン「旅」2月号への寄稿です。

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OZの乾燥地帯はこんな“砂漠”が多い。写真はノーザンテリトリー南部をギャラン(下)を上空から撮影。

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